PANCRASE 2001 PROOF TOUR 2001.9.30 横浜文化体育館

第9試合 (5分3R) ライトヘビー級新王者決定戦
○菊田早苗(2R 4分30秒、TKO)美濃輪育久×

正に前評判通りの試合でした。入場時からヒートアップしていましたし、それぞれの選手のバックボーンがしっかりしていて、そこまで来る評価、お客様の期待を裏切らなかった、という点でも本当に両雄がよくここで試合を組んでくれましたという旬のマッチメークでした。体重が約6kg、89.8kg菊田選手に対して83.9kgの美濃輪選手ですが、これくらいの体重差は影響無いというところで菊田選手は菊田選手らしく、美濃輪選手は美濃輪選手らしくというところで期待が高まったのですが、期待を裏切らない形で試合は進みました。

1Rは前へ出て来る美濃輪選手に対して菊田選手がスタンドレスリングからグラウンドに、グラウンドから関節技にという形で終始主導権をとって行くのですが、美濃輪選手は持ち前の粘りで最後の要所を何とか凌いで行った形です。それが印象的でしたが、私は試合の1週間前、菊田選手のこういう一言が大変気になりました。美濃輪選手というのは有名なブラジルの柔術選手と闘って、菊田選手は横でそれを見ていましたが、柔術等のセオリーからすると、だめだそっちに行っては、そっちにいってはやばいよ、と言った所からするすると抜け出てしまう美濃輪選手がいました。その様な部分から菊田選手がこう言いました。“何故、美濃輪選手からあの柔術家達が一本取れなかったのか、その謎を解明したい”その一言がこの試合のキーワードとして大変楽しみでした。でも悲しいかな私が担当レフリーだったので、それを十分楽しみ事は出来ませんでした(笑)。

美濃輪選手はこのタイトルマッチに対して合宿なり、日夜、鈴木みのるの厳しい指導の下、練習を重ねて行ったというところで、やはりスキルアップをしていたように私は思いました。ただ、下から腕ひしぎ逆十字を決めに行ったりしていたのですが、リフトしてコーナーポストへ頭から突っ込ませたりというところでの、相変わらずの傍若無人振りを発揮したのですが、攻められて逃げた後に、切り返せるだけの余裕がありませんでした。ここになかなかいつもと勝手が違って、大逆転、勝機までのシナリオが描きにくかったというのが、私はこの試合の美濃輪選手の印象でした。

逆に菊田選手は逃げられてもなおも波状攻撃が出来るまでのグラウンドでの絶対的自信というのが裏打ちされていたなと思いました。結果的に言うと2R4分過ぎ、4分15秒位におたがいお尻を付いたグラウンドの状態から、立ち上がろうとした所の美濃輪選手の頭に菊田選手の左足のキックが当たってそれが結果的に内側を3針、外側を10針、合計13針、頭を縫いました。蹴られた瞬間直に骨膜が見えましたので、出血の有無関係無く止めようと思いました。その後、相変わらず足を絞めに行ったり、試合を止めた後に逆に菊田選手に蹴りを放つくらい美濃輪選手も集中していたんだと思います。この試合を決めた菊田選手のキックは立技の蹴りではないと思っています。

私は常々若い選手に言うのですが、空間的な立技、寝技、投技、というものは分散して行くとあまりにもデジタルなものの考え方になってしまいます。人間のやる事はあくまでもアナログであってデジタルでやって行くと結局はあきます。膠着したり、自ずとセオリーが決まって行ってしまいます。そういう点でその狭間をぬっていった事に2人の今の技術的な持っている引き出しの差が出ました。若しくは菊田選手の言葉を借りれば、魂の差が出た、勝つ為の執念が出たという風になると思います。

最終的に何が言いたいか、この菊田選手の放った決勝のキックはスタンドのキックではないスタンドレスリングとグラウンドを制していたからこそ、いち早く美濃輪選手よりも立ち上がり、相手が立ち上がって来る所を無意識に蹴る事の出来ました。要するに余裕がどちらがあったかがこの“グラウンドキック”の優劣に繋がったんだなという事だと思います。ただ寝てこういうキックで返すという事では無く、絶対に倒れない、倒れるにしても倒れ方、起き方があり、何としても自分がスタンドレスリング、寝技で優位に物を進めるんだという常々の局面を優位に進める事が、新しい局面を征して行く一つのキーワードになって来ます。先程國奥選手の試合の所でも触れましたが、今後その様な意味合いが見ていて美しく、近寄ると恐ろしい、その様な試合になる様な気がします。
ですからやはりこの試合、私は新しい本当のパンクラスの闘い方、リングの期待の放ち方が変化した歴史的瞬間の様な気がしました。 観客の皆様も後押ししていただきまして大変ありがたかった、そんな試合でした。

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