パンクラスの選手たちが、それぞれ出発し始めたようだ。
新日本プロレスの5・2東京ドームでテレビ解説席についていた鈴木みのるが獣神サンダー・ライガーの挑発を受けて一触即発。いよいよプロレス部門のパンクラスMISSIONが動き出した。
 それから3日後のDEEP後楽園大会では佐藤光留がルチャ・リブレのエレクトロ・ショックと闘って、何度も足蹴にされながらも「相手は上半身が強いので、自分は足が取れないと辛いので必死」(佐藤)で足を離さず、最後の最後まであきらめない姿を見せつけ、ヒールホールドで勝利した。
 パンクラスGRABAKAの石川英司は顔面のあらゆるところから血を噴出し、口をひんまげながら闘い抜いて、とうとう桜井隆多をパンチの連打で勝利を収めた。
「GRABAKAは凄いけど石川は凄くない、ということを桜井選手は言っていた。僕はそういう相手をバカにするような発言は許せない。確かに僕はGRABAKAの中では下だけど、悔しくて、勝つために必死で練習した」(石川)
 今年はパンクラス旗揚げ10周年。
 みんなが、それぞれの使命感を持って10周年を迎えようとしているようだ。
 18日には菊田早苗と近藤有己がパンクラスのトップを争うことにもなっている。今年は、本当にみんなが出発する年ということなのだろう。

 さあ、明確に走り出したのが鈴木みのるなので、今回のテーマはパンクラスMISSIONの出発ということにしよう。
 ライガーの挑発があって、鈴木がリング下にまで行きながら、睨みつけるだけだった。
「なぜ、リングに上がらない!? なぜ怒らない!?」
 そう思った。鈴木のことだから、ライガーもさることながら、もっと大きな獲物を狙おうとしているのだろうか。そうも思ったが、やはり、あそこでは鈴木はリングに上がってライガーの挑発を真っ向から受けるべきだったと思う。
 鈴木は「おいしいもの」を逃がさない男だ。ライガーの挑発がおいしくないと思ったのだろうか。いや、そうは思わない。
鈴木の10年間におよぶパンクラシストとしてのプライド。
それが邪魔をしたのだと思う。
それは隣でテレビの解説を聞いていた時に感じたことだった。
たとえば、技が決まっていそうなシーン。その時、鈴木がその解説をアナウンサーから求められた。
「この技は極まってますか! 鈴木さん」
確か、そんなニュアンスの質問だったか。ちょっと正確には覚えていないが、技に関することだった。
 鈴木が「う〜ん」と黙ってしまう。そのあとに言葉を苦しそうに吐いた。たとえば完全に極まっていたら、相手はその場でタップするしかない。だから「まだ極まっていない」と言えばいいだけなのに、何だか言葉に迷いが感じられたのだ。
 プライドからくる照れなのかもしれない。

 そういえば謙吾とLYOTOの試合の時、尾崎社長の言葉を紹介する形で、私が「謙吾はデビュー当時のバス・ルッテン戦のようにガンガン向かっていく試合をしてもらいたい。勝ち負けを考えずに、向かっていく激しい心を見せて欲しい」というと、鈴木はどういうわけか「勝つことを考えて闘わなきゃいけない」と言い返してきた。
 これまで勝ち負けにこだわってきて、こじんまりしてきた謙吾の試合。そんな過去を払拭するために、勝ち負けにこだわる闘いをするなというのが尾崎社長の考えだった。
 私も同じ考えだ。
 勝つことを考えて頭を硬直化させてしまうよりも、何も考えず気持ちだけで行く試合のほうが謙吾には向いているのだ。
 要するに細かい技など、謙吾のような男には向かないのである。勝つためには細かい技に気を配らなければならない。それが謙吾をダメにしてきた。
技をまったく知らなかったデビュー戦。それが謙吾のベストバウトである。そこに戻さないと謙吾は生かされないのである。じゃあ、これまで何年もかけて学んできた技は意味がないじゃないかと言うだろう。しかし、違う。
謙吾は細かいことを考えることが苦手なんだから、何も考えずにぶん殴りに行けと言いたい。組まれたら、テクニックで逃げるのではなく本能であがいて逃げろとも。そうして頭を解放すれば、知らないうちに、これまで習得してきた技も出てくるかもしれないのだ。
謙吾に対して、勝つことを考えなければいけないと鈴木は言った。10年間、パンクラスを生き抜いてきた男の重さを感じた。
おいしいものを見抜き、狙いをつけるのがうまい鈴木だが、プロレスの世界でおいしいものを本当においしくするには、自分のプライドを少しだけ加工すること。ま、そんなことは百も承知だろうから、23日からの新日本のシリーズに注目していきたいと思う。