昨年のある日。
鈴木みのるは「絶対にやらなければならない」と、あることを決意していた。
「旗揚げメンバーは自分も含めて宙ぶらりんの状態。この状態をパンクラスのために何とかさせなければいけない! 全員にケリをつけさせなきゃ」
 パンクラスは旗揚げ10周年。つまり旗揚げメンバーはそれぞれに年を重ねて、肉体も思うようにいかなくなっている。つまり、パンクラスの「お荷物」と言ってもおかしくなかった。日頃から鈴木はそれを敏感に感じていた。
「早く後輩に道を譲らないと。近藤なんか、エースでありながら、まだ若手のように思われながら30近くなってしまった。実際はれっきとしたパンクラスのエース。伊藤にしたって30歳になってしまった。もう、ベテランといわれなきゃいけないのに、俺たちがいるからそう見られない。彼らの意識も背負って立つという気持ちにならない。パンクラスをフン詰まり状態にしているのは俺らなんですよ」
 鈴木はまず高橋義生と話した。
高橋も高橋なりに自分のパンクラスでの役割を探していたところだった。
「旗揚げメンバーでいまベルトを持っているのは俺だけ。だから、自分がパンクラスのためにできることは、このベルトを持ってチャンピオンとして外に出て闘うことだと思うんです。そりゃ死ぬまで現役という気持ちはありますけど、実際にいつまでできるかわからないから、勝負を賭けようと思っているんです」
 高橋は鈴木のようにプロレスができるとは思っていない。だから、鈴木がプロレス部門のパンクラスMISSONでやっていく決断をしても、それは鈴木の決断であって、いまの自分の役目は違うところにあると決めていたのだ。


 それにしても、旗揚げメンバーというのはどうしてこれほどまでにパンクラスのために尽くそうとするのだろうかと思ってしまう。それが旗揚げメンバーの絆というものなのだろうか。
 自分の立場や肉体の限界。それを分かりながらも現役であり続けたい。それはみな同じだ。
 冨宅もそう思いながら、自分の身の置き所を思案し続けてきた一人だった。
 鈴木は思っていることを冨宅に言った。
「冨宅、いまやりたいこと。当ててやろうか。U−STYLEだろ」
 すると冨宅が驚いた。
「実はやりたいです。しかし、パンクラスにいる以上はダメだろうなと。辞めなきゃ無理だろうなと思っています。プロレスに憧れて、こういう業界に入ってきたんだから、ガチンコで負けたからといってプロレスに行くというのは絶対に嫌だし」
 そんな冨宅のモヤモヤを吹っ切らせようと、鈴木はこう切り返した。
「そんなこだわりはいいんだよ。変な意地はいい。本当に自分がやらなきゃいけないんだったら…、それがパンクラスと違っているんだったら、パンクラスを辞めればいいんだよ。なあ、冨宅。藤田や高山のようにメイン級ではできないかもしれないけど、パンクラスの試合も大切にしながらプロレスで自分の道を切り開くことが出きるんだよ。それって、いまの俺たちにしかできないことじゃねえのか」
 稲垣とは実際、大阪でスパーリングをした。鈴木の予想した通りだった。軽くミドルを蹴った。稲垣が腕でガードをした。パチンというくらいの軽さだったが、それから稲垣は腕が動かなくなっていたのだ。必死に悟られないようにしていることも分かった。  夜、酒を飲みながら鈴木は言った。
「稲垣、本当はもの凄く悪い状態なんだろう?」
「いや、大丈夫です。出来ます、出来ます」
 稲垣は隠そうとした。
「じゃあ、構えてみろ。今から、ここ(腕)を思いっきり押すぞ」
 そう言うと、稲垣は観念したようだった。
「すみません。無理です」
 稲垣の腕はちょっとした衝撃にしびれてしまい、格闘家としては致命的な状況になっていたのだ。両肘手術の後遺症だった。稲垣にしてみれば、体が動かないことは分かっていたが、引退となると悔やんでも悔やみきれないものがあった。しかし、もう一方の自分もいた。大阪の新人たちを育てているが、もう彼らとスパーリングをやってもなかなか1本を取ることが難しくなっていたからだ。

稲垣は言う。
「大阪ですらこうだから、パンクラスismの連中や他の選手はもっとレベルが高いはず。今の体で続けていくのは不可能だと思っていた」
 鈴木は稲垣に自分たちの役割とは何かを話した。稲垣はついに引退を決心した。ひょっとしたら稲垣は自分自身でフン切りがつかず、鈴木の言葉を待っていたのかもしれない。
 6/22梅田にて稲垣克臣は、練習生時代からの仲間であり、パンクラスではただ一人闘っていなかった國奥と対戦し引退。まるで引退のために國奥をとっておいたかのようだった。
 引退から数日して大阪のジムに電話を掛けると稲垣は明るい声で返してきた。最後に紹介しておこう。
「やっぱり、ジムをやめる人がいると凹みますね。俺の指導のどこがいけなかったんだろう。何かが原因だから、その人に直接、聞こうかなと悩んじゃうんですよ(笑)」
「子供に教えるのが大変なんですよ。これをやろうよ、というと“嫌だ、つまらない”。逆に面白いとどんどんやる。だから、レスリングにつながるような面白いことをやるにはどうすればいいのか。いま、そればっかり考えてるんですよ。生徒に学ぶ事もあります。練習が終わってみんなで掃除をします。一生懸命に掃除をしている子もいれば、隅っこでダラけている子もいる。そういう光景を見ながら、ああ、俺はあんなふうにはなりたくないなと思う。教えながら、みんなに教わっていますよ」
 鈴木、高橋、冨宅、稲垣ら旗揚げメンバーは新しい自分に向かって、いま一からスタートを切ったしたばかりだ。