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前田吉朗はナチュラルな強さを持つといわれている。運動神経がいいからだろうか。確かにいい。だが、それだけじゃないはずだ。 「運動神経もいい。闘っている時は本能。でもそれだけじゃ勝てない」 指導者の稲垣克臣は、そう前置きして、次のように言った。 「彼の強さは練習にあると思います。自分なりに考えて練習をしている。僕は最初の指導で技を教えるときに技の形で覚えさせないんです。なんでこの技が極まるのか。極まるしくみというのはなんだろうというところから始める。そのしくみが分かれば、自分でいくらでも技が編み出せるんです。前田はしくみをキチンと分かっていて、今日はこういうトレーニングをしようと目的意識をもって練習をしているんです。つまり日ごろの練習姿勢から違うんですよ」 というわけで今回は、謎といわれる前田吉朗の強さについて考えてみたい。と、言ってももう私の中では答えがあるのだが…。 要は簡単。前田は試合の途中であれこれと頭で考えない。勝手に体が動くまま闘っているのである。 いちいち頭で考えて闘っている選手は動きが止まる。腕ひしぎ逆十字に入るにはどうフェイントを仕掛けようとか、相手の動きをどうコントロールするかとか、その都度、止まって考えてしまうからだ。だから、勘のいい相手だとそのスキに逃げてしまうか、反撃されてしまう。 かつて船木誠勝は口がすっぱくなるほど言っていたのは、技の反復練習ということだった。なぜ反復なのかは言う必要もないだろう。反復すれば自然に体が動くからだ。頭で考える前に体が勝手に動いている状態。 これがいいに決まっているのだ。昔、伊藤崇文がそういう選手だった。いつの間にか、勝たなければいけないという気持ちが強くなって、いちいち考えるようになった。 これでは試合に負けてしまう。考えるのは練習でいい。試合では考えている余裕はないのである。つまり、この逆で練習でよく考えてやるのが前田であり、トップでは最近の近藤有己なのだ。 あのソッカ戦で、飛びヒザ蹴りを出してソッカを崩した。その時、前田は「チャンス!」と思って飛びヒザ蹴りを出したわけではない。まったく考えていなかったはずだ。 その辺は前田自身に訊いてみよう。 「勝手に飛んでいたんですよ。飛ぼうという意識はなくて勝手に体がはしゃいでいた。ああいう蹴りを出す時というのは、本当にノッてきた時なんです」 別に飛びヒザ蹴りが得意なわけでもないし、特別に練習をするわけでもないという。 「たぶん、これといって得意技がないのかもしれません」 仕事をもっているため練習は限られた時間内でキッチリとやる。 ひょっとしたら、この限られた時間というのが前田の強さを語るポイントかもしれない。 前田は午前7時に起床。7時半に仕事場に出勤する。ビルのメンテナンス業なので仕事のあるビルに移動して5時半に仕事を終える。 「稲垣組のみんなは仕事を持っているから、だいたい午後9時半頃に行く。そうするとみんなが集まってくるから。その間、食事をしてパレストラに出稽古に行くんですよ。みんなと一緒に練習をするのが楽しい。仲がいいんですよ、みんな。一体感のようなものがあるんです」 まるで夜間の学校みたいだなあ、と言うと「そうなんです。学校みたい。稲垣さんもどんなに忙しくても最後まで僕らの練習を診てくれている。普通の道場では、そんなこと有り得ないじゃないですか」と嬉しそうに話す。 前田は稲垣組が好きでしょうがない。大好きな仲間たち。その仲間たちと一緒に練習している時が一日のうちで一番楽しいのだ。もしも仕事をやめて昼間に練習をしたって前田は強くならない。いつも一緒に練習をやっている仲間や稲垣が喜んでくれる顔を見たいために闘っているからだ。 前田がこんなことを言った。 「前田は強いと言われて、悪い気はしないですよ。でも、やっぱり練習をしなかったら天狗になったままだと思う。練習をたくさんやってボロボロにされるときがあるんですよ。その時、俺は何なんだ。こんなんで大丈夫なんかと思いますもん。だから練習をするんです。え?働かずにパンクラスから給料をもらったほうがいい? いや僕はこのままでいいですよ。練習する時間が仕事で制限されたって、いまのほうがサイクルに合っている。それにパンクラスから給料をもらっている選手の人たちだって僕らよりも辛いことあると思いますよ。絶対に楽だというものなんてないと僕は思うんです」 前田吉朗。まだ学生のようなノリだけど、あれだけ強豪に勝ち続けているのに天狗にならない。素敵な野郎だ。これからも天狗になるなよ! |