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格闘技をやっている人に、なぜ格闘技を始めたのか訊いてみると、たいてい「強くなりたかったから」という答えが返ってきます。「強さ」と言っても、いろいろ。肉体が強くなりたい、ケンカが強くなりたい、心が強くなりたい…きっかけが人それぞれであるように、「強さ」もまた、人それぞれでしょう。
大石幸史選手も、小さいころからずっと強くなりたいと願っていました。ヒーローになりたいのでもない。誰かと比較するのでもない。ただ強くなりたかった。大石選手が求める「強さ」とは、一体どんなものなのでしょうか。
大石幸史選手は1977年5月31日、兵庫県に生まれました。ヒーローものが好きで、キャラクターの人形で遊ぶような、どこにでもいる普通の男の子でした。小学校では野球少年。でも、何かが違う。自分の本当にやりたいことは、これではない…。そんなふうに感じていました。
プロレスとの巡り会いは、偶然でした。家庭は真面目な雰囲気で、格闘技を見るとしたら、ボクシングのタイトルマッチがせいぜい。でもその時は、たまたまテレビにプロレスが映っていたのです。
それは新日本プロレスでした。平成に変わって間もなく、闘魂三銃士が活躍を始めた時代です。中でも、武藤敬司選手が蝶野正洋選手と組み、マサ斎藤・橋本真也組の保持するIWGPタッグ王座に挑戦した試合(90年4月)で見せたムーンサルトプレスに衝撃!
「すごい!」
大石少年は、この時、自分は強くなりたいんだ、これまで漠然と求めていたのは「強さ」だったんだとはっきり自覚したのでした。
それからは、何を考えるのもプロレスが中心に。将来はプロレスラーになろうと決めたのも、ごく自然なことでした。
でも、大石家ではプロレスは禁断の世界。見てはいけないような雰囲気があったようです。でも、見たい。だから、音量を小さくしてこっそりと見るように。
「まるでHなビデオを見る時みたいに、コソコソ、ドキドキしながら見てましたよ(笑)」
こうして大石選手は、プロレスラーになることだけを考えるようになりました。もちろん、目標は新日本プロレスに入ること。高校ではレスリング部に入部しました。なぜなら、名前がプロレスと近かったから。とにかくレスリングと名前がついているのだから、やればプロレスに近づける。自分は新日本プロレスのレスラーになるんだ。こうして大石選手は練習に打ち込み、技術を磨きました。
パンクラスに出会ったのは、それからしばらくしてのこと。レスリング部の先輩に連れられ、神戸ワールド記念ホールで行われたパンクラスの興行を見に行ったのです。
大石選手は、鈴木みのる対モーリス・スミス戦に大きな衝撃を受けました。鈴木選手はキックボクシングルールで壮絶なKO負け。でも、大石選手は鈴木選手の闘う姿に激しく心を揺さぶられたのです。ここには「強さ」がある。技術だけではない何かがある。その“何か”をつかみたい。
こうして大学卒業後の01年3月、パンクラスに入門。同年10月にデビューしてからの活躍は周知の通りです。それでもまだ、自分の求めている「強さ」はつかみきれていませんでした。
そんな中、出会ったのがヨガと空手だったのです。
大石選手は、1年半くらい前から、小山一夫師のもとで火の呼吸を学んでいます。さらに、小山師を介し、古流空手の門を叩くことに。空手の練習は、今までやってきたものとは全く違っていました。
まず、姿勢を徹底的に直されました。正しい姿勢で胸を張って立つ。そうしないと、身体に無駄な力が入って良い動きができません。こうして何度も姿勢を直されるうち、気づいたことがあります。
「姿勢を良くすると、気分が全然違うんですよ。いやなことがあっても、気持ちをコントロールできるようになってきたんです。たいていのことは大したことじゃないと思えるようになりました」
これは、大石選手にとって大きな発見でした。練習でできていたことが、試合でできない。また、シャドーではできていたことが、人がただ横に立っているだけでできなくなる。それはなぜか。気持ちのコントロールができていなかった、つまり平常心を保つことができなかったからなのです。
自己の内面を見つめるようになり、勝つということについての考え方も変わってきました。パンクラスは格闘技という“競技”です。たとえ試合内容に満足できても、納得がいかなくても、勝ったか負けたかという“結果”しか記録には残りません。競技である以上、それは当たり前のことなのですが、大石選手は何か割り切れないものを感じていました。勝てば強いのか? 負けたら即、弱いのか? それだけではない“何か”が、パンクラスにはあるはずなのに。
そうだ、大切なのは、相手ではなく自分と闘うことなんだ。あの時の鈴木選手は、負けてもすごかったじゃないか。相手がどうこうじゃない。自分に勝つことが「勝ち」なんだ。
もともと、結果よりもその時の自分の状態に重きを置いていた大石選手の中で、ぼんやりとしていた理想の「強さ」が、はっきりしてきました。プロとして勝つことは大切だけれど、ただ勝てばいいわけではない。これが大石選手の目指すところなのではないでしょうか。そしてこれは、ismが理想とするものでもあります。やはり、パンクラスは大石選手にとって大きな柱。格闘技の競技性と武道の精神性ムム近いようで遠いこの2つが、パンクラスと空手を通して、大石選手の中で無理なくつながっているようです。
「信じることが一番強いと思います。もし、パンクラスや空手のほかに強くなるものがあると言われても、自分はやらないし、やっても強くなれないと思う。信じていないことをやっても、身にならないから。自分の中では、1+1=2と同じくらい当たり前のことなんです」
大石選手は、今日も黙々と練習をします。その姿は、以前と同じに見えても、同じではありません。強さを求める旅はまだ始まったばかりですが、もう迷うことはないでしょう。
「プロレスを初めて見た時、理屈抜きですごいと思った。自分もそう思われる存在になりたいですね」
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