第7試合 ライトヘビー級タイトルマッチ/5分3ラウンド
▲菊田早苗(3R 5分00秒、判定/1-1)近藤有己▲

パンクラスでもなかなか無い、完全に判定が三つに分かれた試合でした。試合は菊田選手らしい試合でした。開始直後に間を詰めて、自分の間合いで闘おうとする菊田選手がいて、それを平気で許しながらも自分のペースに持っていこうとする近藤選手。そういう形から進みました。テイクダウンを中々取らせないというところでは、やはり近藤選手は今回身のこなしがちょっと違っています。これはビデオで見てわかる人はわかります。敢えて私は言いませんが、ある部分が違っています。それに対して菊田選手も自分の形の中で何とか自分のペースを掴もう、自分の闘い方のパターンに入れようという中での攻防でした。

1Rはそのまま、どちらが何かをするというよりは、お互いが手の内を探り合う、もしくはお互いが相手の手の内を潰し合うという流れでした。2R目から少しづつ試合が動いてきます。ただこの動かしたきっかけを、実は私はこう見てます。多分1Rだと思いますが、テークダウンをとられて、アリ・猪木状態から下から近藤選手の足をパスする形で何としてもサイドもしくはマウントをとりたい、グラウンドポジションに入りたい菊田選手に対して下から蹴上げた近藤選手の踵、これが菊田選手の左頬にヒットするんですが、それが大きく影響したと思います。要するに良く見て何をするかという事を近藤選手は冷静に行ないました。それに対して、さあ自分の形だという事で、一瞬その隙を突かれた菊田選手がいたと思います。それが2R目からやや流れがコントロールされていくということだと思います。そういう中で、さすがだと思うのは近藤選手に逆にテークダウンを取られても取り返していく菊田選手。逆に取り返されたポジションをとり返していく近藤選手。もう、2Rは一進一退でした。そしてファイナル・ラウンドに入っていくのですが、この時点で、近藤選手も過去の試合で言えば相当疲れたと思います。心身共に物凄い密度の中で闘ったと思います。あの近藤選手も疲れました。しかしそれ以上にスタミナを奪われたのは、ダメージを重ねられて来た、菊田選手でした。適確に細かいパンチを当てられて、そして自分のコントロール出来ない状態になってしまいました。2R以降、菊田選手は新しい技を出していません。テークダウンを取って、いっぱいいっぱいでした。そこからは攻めるという事が出来なくなりました。近藤選手の、菊田選手の攻めを封じて細かく攻めていくという構造。3R目、最後の菊田選手の、いちかばちかのテークダウンを取りに行ったタックル。それを一気に入って来るものに対して、ビデオで見てもらえればわかるのですが、本当に細かいパンチをショートレンジで当てながら受け止めている近藤選手がいます。菊田選手が、グッと一歩踏み込むところに、細かいパンチを顔面に入れてそれから凌いでいく近藤選手がいます。それが全てだったと思います。

そういう意味で最後、近藤コールの中、彼のポジションで試合が終るのですが、とは言え、やはりさすが菊田、近藤という試合でした。それは何故かと言ったら、自分の形、自分のベースになる基本の形をしっかりと持っていながら、それをオリジナリティー、個性の中で技として持っているもの同士が技を競い合っているわけです。ですからほんの一瞬のまばたき、ほんの一瞬の気の緩み、ほんの一瞬の気の迷いが局面を変えます。そういう意味では判定が1-1-1となったのは仕方がないと思います。レフリーも、近いところから見ている私でも、ダメージの蓄積のイメージ、下から見ていて、何とかコントロールしようとしているイメージが伝わるのも、それも見る場所によって本当に違ってしまうほど、それぐらい噛み合った良い試合でした。実力者同士の試合で、しかもこれだけ拮抗した試合で、動きが止まらなかった試合。下の者はこれを目指さなければならないんです。やられない試合を選ぼうとしている選手が多くなってきました。これが一番いけない事です。それが先程話しをした、後半に続くというのはこういう事なんです、私が言いたい事は。

会場は凄く盛り上がりました。そういう意味で会場のファンの皆さんも、会社関係スタッフの人達も大変試合後に満足そうな顔をされてましたが、一人だけ満足しない男がいました。それは冷静に試合を裁いていた私は、試合の経過はわかっているのですが、そういう意味の機微、試合を見ての感想は一切ありません。6000人を越えた超満員札止めの横浜文化体育館の中で、一人孤立して寂しく会場を後にしたのはレフリー廣戸 聡一だったと言う事を、ファンの皆様、一つ心において、「悲しい仕事なんだな」という慰めの言葉もいただきたいなと、そんな感じがしました(笑)