第8試合 ライトヘビー 級戦/5分3R
×佐々木有生(2R 0分15秒、KO/顔面パンチ)デビット・テレル○

2003年最後の試合です。テレル選手は見るからに驚愕な選手で、衝撃の試合結果でした。
私は10年パンクラスのリングでレフリーをやらせていただいてて、そしてバックステージでは選手の体調管理等、そういうところでトレーナーをやらせてもらっていますが、実は今回程しのびない試合はそうそうないと思うくらい複雑な思いで会場を後にした、そういう試合になってしまいました。ケガの事とかを話すのは、選手はあまり好ましく無いと思うので、私はそういう意味であまり話はしません。しかし、勝負に関係するような大きなケガというのは、私はやはり告知しておかないといけないと思います。佐々木選手は試合の10日前ぐらいに、山宮選手とほぼ同じぐらいの段階で、練習中に右の親指を脱臼してしまいました。その脱臼はかなり酷い状態です。脱臼の段階に1度、2度、3度とありますが、3度の脱臼は骨折よりも始末に悪いとも言えます。完全に脱臼して、その関節の周りの部位、軟部組織が完全に粉砕してしまうと、腫れが引いて強度が増してくるのに3ヶ月、完全にある程度複成して、複製して強度が保たれてくるのに半年ぐらいかかります。特に親指は掌を見ればわかりますが、4本の指に対峙する形での1本の指です。1対4でいつも物を掴むようになってます。そのくらい手のベースになるものです。その部分が壊れるという事は、殴れない掴めない、手首を動かす事が出来ません。何故なら、親指の付け根の関節というのは、主根部と言って掌の細かい骨に通じていて、その骨から、手首を介して、直ぐに前腕、肘から先の腕の部分、そこにそのままダイレクトに力が流れるようになっています。ですから親指をやられてしまうと、手首を中心にして、器用に肘を動かす事も制限されてしまいます。そういう風にされるという事は、頭から親指に対する負荷を除けというサインが出ますから、基本的に左腕は強い出力を出す事が出来なくなります。

1Rの開始早々、テレル選手が細かい打撃を出して様子をうかがいながら、猛然とタックルに入って来ます。それに対して反射的に左のフック気味のパンチを佐々木選手が出しますが当たる瞬間に手を引っ込めてしまいます。この試合も私が担当レフェリーで良く見ていましたが、多分、中途半端に当たって、その時も親指を痛めています。その後タックルを許して、しょうがないので逆に自分もクラッチを組んで相手に備えようというところで、今度はクラッチが組めません。それで左手をどうしよう、クラッチが組めない、どうしようと思っているところにテークダウンを簡単に取られました。私から見たら、佐々木選手は親指1本のせいで、自分の良いところを何も出せず開始早々テークダウンを取られてしまいました。ただ、凄いなと思ったのは、そこから粘って粘って粘って、取り敢えず試合を元に戻していくというところです。そして決定打をもらわない、決定的なピンチを招かないという懐の深いガードをしていくというところに、佐々木選手さすがだなと思いました。そんな中での2Rということですが、これも実は先程の山宮選手と同じ様に左親指のケガが布石になっていると思います。2R、お互いに打撃で様子を見ていく中で、速いハイキック、ミドルキックでテレル選手に様子を見られます。そしてそれをガードして、という時に、通常、佐々木選手は左のリードで距離を取って、様子を見て、左の上下の蹴りと右の強い蹴りを駆使していくのですが、そのレーダーサーチが、距離が使えず、強くも打てません。そうすると残されている部分は右のパンチなので、いつもの左肩をかぶせてバリアを張りながら距離を詰めて行く佐々木選手の闘い方が出来ません。そして右を当てにいく為に、打ち易くする為に右の肩を前に出していく形の中で、左の肩がオープンになってしまいます。佐々木選手はいつもの感覚で距離を詰めていくのですが、そうするとテレル選手にしてみれば、センターの空いた状態で頭だけひょっこり前に突き出して入って来る佐々木選手が見えてしまいます。それに今度右の蹴りに対して、右のガードを使って、ますます体が開いたところに、今度は右ストレートをぶち込まれました。佐々木選手は見えなかったと思います。いつもだったら、人間の感覚は実に正確です。正確すぎて、オートマチックで行われてしまうから、実感として伴わない事があります。ですから知らず知らずのうちに体が開いています。でもそれは誰あろう、右で打ちたいと思ったり、左をかばいたいと思っている佐々木選手の脳みそが勝手にやってしまう事です。佐々木選手はわざわざそんな事をしようとは思ってなかったりします。そんな処に実は感覚の誤差というものが生じて、それが結果的にいうと、ワンパンチでKOになってしまいました。多分、佐々木選手も、格闘技人生の中でこんな倒れ方は初めてだったと思います。その凄まじさは、唇が縦に裂けました。判り易くいうと、はさみで上唇をちょきんと切った様な状態でマウスピースと、テレル選手の拳に挟まれた唇が、いわゆる圧裂、圧迫されて裂傷としてちぎれました。ざっくり切れました。本当に切れた唇が開いてしまっていました。倒れていく途中で、注射針から血液が出るように、血管から血を吹きながら倒れていくという、そんな惨劇になってしまいました。トレーナーとして、もしも彼が第4、5試合であれば、もっと止めていたと思うし、今回は出場を見合わせた方が良いよと言えたと思うし、これが7、8月9月とか何の節目でもない、何でもないただの1試合であったら、多分、物凄くパンクラスという会社側に、もしくはGRABAKA、佐々木選手に今回止めたほうが良いと、私は強く言えたと思います。

でも今回はメインイベンターであって、彼がメインイベンターというものに物凄くプライドを持って、休みたい、止めたいという事を一切私に言わないで、どうやったら練習が出来るか、どうやったら試合が出来るのかという事しか私に聞いて来なかった部分がありました。そんな経緯の中で、本当に忍びない思いの中で試合を認めて、そしてさせたのですが、やはり仕方の無い事といえば、仕方の無い事なのですが、こういう大きなケガに繋がってしまいました。これは今後、世界の総合格闘技の技術というものが上がって来ているだけに、もしかしたら今年、2004年からは、こういうケースでは、もっともっと私は出場を停止させる事、何人かの複数のドクターによって判断したら、コミッショナーに掛け合って、その選手の出場権を剥奪するというような、強いコミッションも新たに作らなければいけないのかなと思いました。これは現在、どんなスポーツのジャンルもありません。何となくそういう形態を持ったところはありますが、完全に選手の出場を剥奪する強いコミッションというのは、世界にも、どんなスポーツにも無いと思うので、そういうものの立ち上げというのは、私は今回の佐々木選手、もしくは山宮選手を見ても、今迄、靭帯が切れていても試合に出さなくてはいけないとか、本当に嫌な思いを一杯してきましたが、そういう経験を持って、勇気を持ったそういうコミッションというものを、私1人ではなく、リングドクターの田中ドクターであるとか、何人かでそういう組織を作ろうという動きもありかなというところで、考えさせられる1戦でした。何としてもケガを治して、今年夏場くらいには、指も完全に治してリングに復活して欲しいなと思います。どうかそれまでクサらないで下さい、佐々木選手。私は貴方を信頼しています。一緒に治して、がんばっていきたいなと思います。