メインイベント フェザー級戦/5分3ラウンド

前田吉朗
(パンクラス稲垣組)

コリン・マンサー
(チーム・シュクライバー)
1R 2分43秒、TKO(レフェリーストップ)/グラウンドのパンチによる
コリン・マンサー:イエローカード=1、レッドカード=1
■前田吉朗(63.9kg) セコンド:稲垣克臣、武重賢司
■コリン・マンサー(63.1kg) セコンド:ボブ・シュクライバー
レフェリー:岡本浩稔

私はこの試合でサブレフェリーをしていましたが、マンサー選手は入場テーマ曲に乗って入って来た時点で、おいおいという感じでした。スポットライトで目の回りが光っていました。リングインをする時に見たら、大量のワセリンが眉毛の周りに塗られているわけです。入って来た時点でルール違反です。セコンドのシュクライバー氏に注意を促し、ワセリンを取って下さいという話をしましたが、彼は「ルール違反だという事を知らずに申し訳ない」という事で、今からタオルで拭き取る旨を伝えると、「それは当然だ」と言っていましたが、ルールミーティングでも伝えてありますし、ルールブックも渡してあるのでしっかり確認してもらいたいと思います。試合はイエローカードからのスタートです。他のスポーツでもそうですが、始まる前の段階で減点にて差がつく試合というのは如何なものかと思います。出場する選手に関しては、そういう姑息な事をする自分自身をどう思うのかを考えてもらいたいです。これはルール上どうかという事ではなく、先だってもある試合の中で、ゴングが鳴り、グローブを合わせに行った相手に、強く踏み込んでパンチを打ち込んで優位な展開に持ち込むという試合がありました。パンクラスもルール上、グローブを合わせなければいけないというルールはありません。これは要するに双方の人為的な問題で、紳士協定みたいなものです。白旗を揚げた人間に対して発砲するような物です。それがルール上問題ないのだから、打ってはいけない訳ではないのだから良いではないか、というのは正しくはありません。相手を騙している事には変わりないのですから、反則を取っても良い訳です。現状のルールでは反則ではありませんが、そういう事を考えて勝とうとする人間というのは、果たして勝利者として値するかどうかという事を考えてもらいたいです。そういう意味ではマンサー選手は前田選手に対して正々堂々と挑む姿勢がないという事だと思います。それが一抹の不安を持っての試合開始でした。ましてや担当が岡本レフェリーで、過去の試合を見ていただいても、審判団の間では岡本レフェリーの試合は荒れると伝説になっています(笑)という事で、審判団の中でも戦慄が走っていましたが(笑)、正にそれが的中してしまう展開になる訳です。

直線的に様子を見ながら、細かい打撃でペースを掴もうとする前田選手に対して、どちらかというと、思い切りが良いというか、とにかく相手に直線的に入って行くという形の中で、前に踏み込んで入って来たのがマンサー選手です。それからコーナーで体位を入れ替えてスタンドの展開から前田選手がテイクダウンを狙いに行きますが、ここでもコーナーとロープを何度も掴み体勢を整えようとするマンサー選手がいます。これが意図的かどうかは判りません。ああいう展開ではつい掴んでしまう事もあります。そこから粘って前田選手はテイクダウンを取りますが、マンサー選手が暴れた時点で自動的にサイドポジションになります。その体勢から腕をどちらがどう取りに行くかという展開の中で、丁度私の正面に前田選手の顔があり、マンサー選手が前田選手の後頭部から腕を回す様に、抱え込むようにしました。サイドポジションですからマンサー選手の脇に前田選手の顔がうつ伏せの状態にある訳です。それをマンサー選手は後頭部の上から腕を被せる様な形で相手を押さえようとすると手の平はどうしても外側を向く様になっています。それが微妙に内側に入り、前田選手の右目をサミングしている訳です。あの形からは作為的でなければサミングは出来ません。親指で押してしまったというのなら故意ではないと思いますが、4本の指の方で、あの様に目を差し込むというのは、ありえないです。それも強く握っていたので、動体視力のチェックの時に前田選手の瞼が痙攣している位でした。ちょっとつっついたとかそういう問題ではなく、あくまで意図的に行っています。それはいくらとぼけても無理です。お互いぶつかりあって流動的に当たってしまったものではありません。もしもそうならば、入った時点で手は離れますし、手首だけでは無理な事です。そういう点では完全に作為がありました。そしてレッドカードとなります。初めに岡本レフェリーの裁定はイエローカードでしたが、ダメージが大きいという事で、審判団の裁定としてレッドカード判定になりました。この様な場合、ルール上反則をした選手が不利なポジションであった場合は、基本的にその不利なポジションからの再スタートとなり、サイドポジションからの展開なのですが、いくら促しても手の位置は変えてきますし、レフェリーの基本的な指示に従わないという所も見られ、処置としてサイドポジションという条件を満たしていれば良いという事での再スタートとなりました。そこからは前田選手は簡単にマウントを取って、パウンドをした時点で試合はあっさりという位決まってしまいます。直後、前田選手がレフェリーストップした時点で興奮が冷めず、両選手、両陣営のもみ合いという形の乱闘になりましたが、それはそれで大事には至りませんでした。反則を多く犯した側と、それに耐えた側のフラストレーションという事もあり、最後は雑然とした形になってしまいました。

試合の内容としてはあまり見る物がありませんでした。ただ、反則もあるかもしれないと念頭して闘っている前田選手はさすがでした。更にそれを先に指示している稲垣組長もさすがでした。熱くならない稲垣氏というのは、本当に指導者として適任だと思います。試合後、前田選手が取り乱してしまい、すいませんでしたと私の所に謝りに来ましたが、君は王者になる選手なんだから、それらしい態度は絶対に崩してはならないのが凄く大切な事だと、彼には伝えました。相手の投げつけて来た物に反応して感情的になるという事は、相手にコントロールされているという事です。王者はどんな状況であっても、絶対にコントロールされてはいけません。その時のフラストレーションを第三者に向けないで、全部自分の中で消化出来るからこそ王者なのです。王者は良い事ばかりではなく、辛い事もあり、それに耐えて行くからこそ王座の期間が長くなっていきます。王者は自分以外は敵となるわけですから、前田選手としては、良い勉強をしたのではと思います。反則をされて、取り乱すも反省をして、反則をやるだけやり罰則を受けた選手が、何で我々が咎められなければならないのかと成田を発って行く、その人間性の差がこういう所に出てくる物です。そういう意味ではマンサー選手は二度と上がる事はない選手だと思います。前田選手としては、王者らしさを問われる、良い勉強をしての再スタートになり、強い相手を求め放浪する前田選手がますます頼もしく見えて来る、そんな後楽園大会でした。