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: 石川選手は高校に入ってからレスリング部ですよね? 何故またサッカーからレスリングに?
■ 石川英司:あの〜、中学の頃からプロレスファンになって、『あ〜プロレスラーになりたいな』って思って、じゃぁ、どうしらいいいか?って考えた時に、まぁレスリングをやってれば、プロレスラーにレスリングをやってた人が多かったから、レスリングをやろうと思って高校に入りました。
: 一番最初はどなたのファンだったんですか?
■ 石川英司:新日本、闘魂三銃士とか。でもその頃はただテレビを観るだけで。それで本格的にプロレスを好きになって、ファンになったのは高田(延彦)さんとか。
: それはUWFインターの頃?
■ 石川英司:そうですね。
: 高田選手とベイダー選手が試合をした神宮とか行きました?
■ 石川英司:行かないです。でも、新日本VS UWFインターの対抗戦(東京ドーム)は行きました。あと、千葉の千葉公園体育館とかに来た時は必ず行ってましたね。
: UWFインターと新日本の東京ドームでの初っ端の対抗戦の時、メインで高田選手が武藤選手に負けたじゃないですか? あの時はどんな気持ちでした?
■ 石川英司:ショックでしたね。
: 一人で行ったんですか?
■ 石川英司:いや、友達と。友達は新日本のファンで、僕だけがUインター。
: 帰り道は対照的じゃないですか?
■ 石川英司:そうですね。キツかったです。その頃はもう高校でレスリングをやってたんですけど、自分の試合に負けたのと同じくらいキツかったですね。
: あの〜、プロレスを好きになって、プロレスの大技や技の攻防とかを見てからだと、どうしてもアマチュアレスリングの試合やそこでの技の攻防にギャップを感じてしまうと思うんですけど、レスリングをはじめるにあたって、そういう感じはなかったですか?
■ 石川英司:そういうのはなかったですね。
: レスリングは高校を卒業するまで続けてらっしゃいますよね?
■ 石川英司:ハイ。面白かったですよ。
: どういうところが?
■ 石川英司:え〜っ! 何だろな〜。まぁ、投げたり・・・。ポイント制じゃないですか。投げたら何ポイントとか。やっぱりポイントをとると面白いっていうか。サッカーで団体競技はホント飽きてたんで。小学校の頃に野球をやって、中学でサッカーをやって。ホントつまんねぇなぁ〜っていうのがあったんで。あの〜(レスリングって)1対1じゃないですか。すごい楽しかったですね。全部自分の責任っていう。団体競技、団体行動とかが僕は苦手で。
: 石川選手のレスリングのベスト成績は?
■ 石川英司:関東優勝。あと、全国大会出場くらいですかね。ハイ。
: 高校で実際に本格的にレスリングをやるようになって、好きなプロレス団体とか、好きな選手とかは変わりました?
■ 石川英司:いや、変わらなかったですね。全く変わらないです。それで、高校を卒業するとほとんどもう(プロレスを)観なくなったんですね。もう冷めて。で、(プロレスを)忘れてた頃に、大学に総合格闘技をやってる先輩がいて。あ〜、やりたいなって思って。プロレスじゃなくて、総合格闘技を。
: 先輩はどちらでやってらっしゃったんですか?
■ 石川英司:パレストラですね。今も修斗でやってますよ。
: 誘われたんですか?
■ 石川英司:いや、僕が行きたいって言って。
: どうでした? 初めて総合格闘技に触れた時は?
■ 石川英司:いや、すごいなって。レスリングには絞めるっていうのがちょっとはあるんですけど、関節を極めたりするのはダメなんで。押さえ込んだ状態で関節を極めるっていうのは、気持ち良いな〜って感じでしたね。
: 最初は誰でもそうだと思うんですけど、やっぱり最初の頃はスパーリングとかでケチョンケチョンにされると思うんですね。石川選手は最初の頃、どなたにケチョンケチョンにされました?
■ 石川英司:そうですね・・・、佐々木(有生)さんとか。当時佐々木さんはパレストラに練習に来てて、それで。『強ぇな〜』って。
: 当時の佐々木選手は、もう修斗さんで活躍してた頃ですか?
■ 石川英司:そうですね。連勝街道中でした。デビューして、連勝してた頃の終わりぐらいだったと思います。
: パレストラで佐々木選手と出会って、そこからの流れはどうだったんですか?
■ 石川英司:当時のパレストラは(体重の)軽い人が多くて、そんなに重い人がいなかったんですね。あと、佐々木さんが“菊田軍団"に入ってるというのを聞いてたんで、『ちょっと練習に行ってもいいですか?』って。
: その当時の菊田選手はフリーとしてリングに上がっていた頃ですか?
■ 石川英司:そうですね。
: 初めてお会いした時の菊田選手の印象はどんな感じでした?
■ 石川英司:憶えて・・・、まぁ、挨拶したのは憶えてますけど・・・。練習でボコボコにされたっていうのは・・・特に記憶にはないですね。挨拶をしたっていうのは憶えてますけど、それ以外は特に憶えてないですね。多分、もうそんなに意識がなかったと思うんですよ、練習で。
: 初日から早速スパーリングをしたんですか?
■ 石川英司:そうですね、やりました。
: 相手は?
■ 石川英司:菊田さん、佐々木さん、郷野さんとか。
: 菊田軍団の中で練習をするようになってから、何ヶ月ぐらいで「ネオブラッド・トーナメント」(2000年7月)出場ですか?
■ 石川英司:え〜っ、半年ぐらいかな〜? いや、もうちょっといってたかな? 1年はいってないと思うんですけど。それで、もう前々から『プロでやったら?』って言われてたんです。
: 菊田選手から?
■ 石川英司:そうですね。佐々木さんにも。でも『どうしようかな? どうしようかな?』って感じで。しばらくはそんな感じだったんですけど、そういう時にネオブラッドの話を菊田さんからいただいて。『ワァッ!パンクラスに上がれるんだ』って。もう『やります、やります』って感じで。
: 当時、菊田軍団では週どれくらい練習をしてました?
■ 石川英司:当時は、菊田軍団では2日とか3日で、あとは佐々木さんととにかく毎日、週6で練習させてもらってたんですよ。それでもう、だいぶ刺激を受けましたね。
: 菊田軍団に入って練習をはじめて、やっぱり最初の頃はついていくので精一杯でそんな余裕もなかったと思いますが、しばらく続けていくうちにメンバーの方のことも少づつ分かってきたんじゃないですか?
■ 石川英司:そうですね・・・とにかくみんな強いなってだけですね。あと・・・みんな強いんですけど、個性も強いんで(笑)。みんな。とにかく強くなりたかったんで、必死でしたね。まぁ、今でもそうですけど。
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