わかりました。では、ここから北岡選手がリアルタイムでご覧になっていたのかなって思われる1996年です。1996年で印象的な出来事ってどんな事でしょうか? 北岡選手がプロの格闘家を志すきっかけとなった船木VSルッテン戦があった年ですけど。
北岡悟:そうですね。でもまぁ、今振り返れば、その前の年(1995年)に伊藤さんと渋谷(修身)さんがデビューしてるんですけど、この年は近藤(有己)さんと國奥(麒樹真)さんのデビューっていうのが結構大きな出来事なんじゃないかなって思いますね。で、ちょうど同じ大会(1月・横浜文化体育館)でウェイン・シャムロックが高橋(義生)さんと試合をして、それ以降、もうパンクラスでは試合をしていないと。近藤さんが冗談で言ってましたけど、「オレがデビューしたのを見て、シャムロックは(パンクラスに)上がらなくなったんだ」って(笑)。でもまぁ、あながち、でもないかなって。後々そう思いますよね。フランク・シャムロックも確かこの年の12月(日本武道館VS國奥麒樹真戦)の試合を最後に上がらなくなったんですよね。


前年の1995年には伊藤選手がデビューから大躍進をして、その伊藤選手をデビュー戦で破った近藤選手がこの年は大活躍しましたが、そのことに関してはどうご覧になりますか?
北岡悟:ん〜伊藤さんはやっぱり技術的に他の日本人選手より上回っていた部分があったと思うんですよ。僕は、単純な関節技ありのレスリングっていう部分で(伊藤選手は)抜けてたと思うんです。ちゃんとレスリングで相手を倒して、上になって、ちゃんと押さえてっていう。ちゃんとしてますよね、伊藤さんは。当時の技術的レベルの中では。近藤さんはそれに合わせて打撃ができた、最初から打撃ができてたっていうのがありますよね。ちゃんと(相手を)見て当ててて。ある種当たり前のことで頭一つ抜けてるっていうのを感じますよね。いや、でもスゴイですよね。単純に。勝っちゃうのはスゴイですよ(笑)。

デビュー5戦目(6月・福岡国際センター)で鈴木選手にも勝っています。
北岡悟:そうですね。フランク・シャムロックにも勝ってますよね(9月・東京ベイNKホール)。最後にポンポンポンって負けただけで。


近藤選手がフランク・シャムロックに勝った試合をご覧になっていかがでした?
北岡悟:スゴイですよね。何なんですかね。いや、スゴイとしか形容しにくいですよね(笑)。普通のファンになっちゃいますけど(笑)。ん〜・・・近藤さんは攻め切らせないっていうのがありますよね。当時のルールはヴァーリ・トゥードじゃないから、グラウンドでポジショニングをとられてもそうそう簡単には(関節を)とらせないところまでできるから、極められることがないと。で、逆に打撃でちゃんと攻めることができると。それが近藤さんの当時からの強みであろうと思いますね。当時のことはわかんないですけど、きっとちゃんと道場で関節技をとられないように練習したんでしょうね。まぁ、当たり前のことなんですけど。多分、関節をとられないことを徹底したんだと思います。当時の若手の選手たちは。伊藤さんや渋谷さん、國奥さん、近藤さんたちは。でもそれが後々の判定が多くなっていくっていう流れに繋がっていくと思うんですけど。当たり前のことだとは思うんですよね。関節技をとられたら負けちゃうわけだから、そこを徹底するっていうのは。あと、パンクラスの興行に関して言うと、後楽園ホールでの興行が増えてきてると。

この1996年を北岡選手なりにまとめていただくとすると、パンクラスにとってどんな年だったのでしょうか?
北岡悟:ん〜・・・厳しい言い方になってしまうんですけど、メジャー最後の年。


それは後楽園ホールでの興行が多くなってきたってことにも繋がるかも知れませんね。
北岡悟:そうですね。あと、シャムロック兄弟が去っていったってことですね。